唱わないの?

中国でも日本同様に「数え」で歳を数えて
いましたが、各々の誕生日を祝う習慣も
ありました。

古くは「詩経」の 小雅 にある「天保」という
詩に見られます。この「天保」が実際に誰の
ために歌われたのかは諸説ありますが、大衆
文化の中で誕生日を祝う最も古い歌だとも
言われていて、現代のお祝いの言葉の多くが
この詩から引用されていたりします。

その後の南北朝時代に入ってからは、個人の
誕生日を祝う習慣が徐々に広く根付いていった
ようですが、南北朝以前は各個人を祝うことは
それほど一般的でもなかったようです。

とくに漢の時代には「誕生日=両親の苦労の
始まりの日」として、祝うというよりむしろ
畏まって過ごすべき日として認識されていた
とのことです。

ともかく、中国においては近代に至るまで
誕生祝いといえば「目下の者が年長者の
長寿を祝う」といった内容であり、若い人や
目下の者を祝う風潮ではなかったようです。
※ただし、男児については各家庭で少しだけ
特別視されてた雰囲気はあったようです

日本にも古い「誕生祝いの歌」はたくさん
あったでしょうが、大衆に親しまれる形で
現代に根付いている歌が一般化していない
のはとても不思議な気がします。

調べてみるとたとえば個人の1歳の誕生日に
何かをするという行事も昔からあったようで
そうなれば個人の誕生日を「まるで記録して
いない」というわけでもなかったでしょうし
個人のお祝いを出来ないこともないですから
なにかしら「そんなの祝ってもなあ…」的な
風潮がよほど強くなければ中国と同様に
(旧暦であろうが新暦であろうが)誕生日を
祝っただろうに…という気がしてなりません。

“唱わないの?” への3件の返信

  1. 中国の方がマシというか、大昔の日本は本当に過酷でしたよ。台風も来る、地震も来る、国土は殆ど山で大規模な農場も作れない、石油もない、鉄もない、ゴムもない、毎年日本のどこかで大規模な自然災害が起きて人が大勢死ぬ…

    普通に考えればアジア最貧国でもおかしくないです。

    でも例えばヨーロッパが先進国になれたのは寒冷で過酷な世界だからこそ知恵を絞って生活を豊かにする為努力したからでありまして、現に食べ物も資源も沢山ある東南アジアやアフリカや南米は貧しい国が多いです。

    中国人でも言うでしょ?「塞翁が馬」

  2. 昔の日本はとにかく子供が沢山生まれましたが中国と違い島国で食べ物も少なく、大人で育つ子も少なくて個々の誕生日を祝う余裕が無かったとか

    • なるほどたしかに天災も時々は来るものですし、「ゆとりが無かった」というのが実際のところだったというのも納得できます。
      大昔の中国と日本を比べると、微妙に中国のほうがマシだったのかもしれません。
      まあでもどちらの国も幼児死亡率も高かったこともあって、昔の人は子だくさんにしなければならない事情もあったでしょうし、現代と比べたらまた違った苦労も多かったでしょうね。

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